基礎知識

【よくわかる!加温加湿器入門 part9】人工呼吸管理で加温・加湿が必要な理由~Williams,Robin氏の提唱~

「なぜ人工呼吸管理を行う時に加温・加湿が必要なのか」もpart9になりました。

もう少しお付き合い下さい。

今回は、1996年にWilliams, Robinが提唱した人工呼吸中の加温・加湿管理について説明していきましょう。

Williams,Robin氏の提唱

1996年に筆者の尊敬する(お会いしたことはありませんが)Williams, Robinが、「Relationship between the humidity and temperature of inspired gas and the function of the airway mucosa」という論文をCritical Care Medicineに発表しています。

この論文が、現在の人工呼吸管理における加温加湿器の重要性や設定値の基礎となっていると考えています。

この論文で、様々な呼吸関連の機関が出しているガイドラインとは全く異なる数値を報告しました。

気管挿管における吸気ガスの設定は、「温度:37℃、相対湿度:100%、絶対湿度:44㎎/L」であるとWilliams, Robinは唱えました。

人の体温から考えれば、この数値はごく当たり前のように感じますが、各機関のガイドラインが温度:31℃~35℃、相対湿度:76%~100%、絶対湿度:30~38㎎/Lという時代に、Williams, Robinの呈した数値はある意味、爆弾発言であったと考えられました。

筆者は、1990年初期から加温加湿器の研究に精を出していました。

その時期とほぼ同時期の論文ではありますが、まだ、加温加湿器の性能もWilliams, Robinが提唱する数値を十分に発揮できる時代ではありませんでした。

1994年に筆者が報告したドレーゲル社製のアクアモドと呼ばれる加温加湿器は、呼吸器回路の口元に微細多孔膜のカプセルを設置し、温水を流して加温・加湿する特異的な機能であり、加温・加湿効果も高かいものでした。

しかし、この実験結果は、絶対湿度は最高で41㎎/Lでした。(微細多孔膜を用いた人工呼吸器用加温加湿器の加湿性能に関する検討:松井 晃、小池龍平、古山義明、鈴木美佐子、大野 勉、名越 廉、医科器械学 Vol.64(1):28-32, 1994

 

Williams, Robinが絶対湿度:44㎎/Lを提唱した理由は、下記の図に示されています。

この図は、低絶対湿度から高絶対湿度の状態の吸気ガスを送気したとき、気道の状態を「機能正常」・「粘膜線毛運動の機能不全」・「細胞損傷」の3つに分類し、それぞれの状態が何分・何時間で起こるのかをプロットしたものです。

図:送気ガスの絶対湿度と暴露時間の関係

◆は機能不全が起こっていない、〇は粘膜運動停止、線毛運動の停止、+は細胞の損傷を示しています 機能不全、粘膜機能不全、細胞損傷を分割する点線のトレンド線は、線形差別分析を用いて決定した。この図は、送気ガスレベルがBTPSから遠ざかるほど、粘膜の損傷が大きく、また早くなることを示している。 ( Williams R,Rankin N,Smith T,et al: Relationship between the humidity and temperature of inspired gas and the function of the airway mucosa.Crit Care Med 24 :1920-1929,1996より引用、一部改変 )

「機能正常」が絶対湿度:44㎎/L付近に多くプロットされています。

低絶対湿度の送気ガスでは、10分程度から「粘膜線毛運動の機能不全」が起こっています。

また、絶対湿度がゼロに近い送気ガスでは、1時間ほどで「細胞損傷」が発生しています。

このデータより、Williams, Robinは絶対湿度を44㎎/Lを維持することがよいとしました。

 

また、Williams, Robinはこの論文で、「機能不全スコア」も報告しています(表)。

適切な加湿よりも少ない暴露による一連の呼吸器官の進行性機能障害およびその結果 機能不全スコアは一連の指標および機能不全の重篤度を示す(1=最初期/最小、6=最後期/最大) (Williams R,Rankin N,Smith T,et al:Relationship between the humidity and temperature of inspired gas and the function of the airway mucosa.Crit Care Med 24 :1920-1929,1996より引用、一部改変 )

 

「機能不全スコア」は、1~6の6段階で加温・加湿不足による気道の状態や肺の状態を表しており、数値が上がるほど機能不全が悪化します。

機能不全を6段階で説明しているため、正常なスコア表示がありません。

あえて付け加えさせて頂くと、このスコアを7段階の評価とし、“0”というスコアを追加することで、“0”は「正常に機能維持している状態」とするのが良いかと考えます。

 

機能不全スコアが“0”を維持するように吸気ガスを加温・加湿することが望ましいことになります。

しかし、加温加湿器の種類や設定、人工呼吸器の送気流量の違いなどで、望ましいガスを常に送気することはなかなか難しく、また、加温加湿器の空焚きなどをしてしまったら全くの乾燥ガスが送気されることとなり、その機能不全スコアの数値が上がっていくことになります。


機能不全スコア“1”は、明白な機能不全なしとしているが、水分や熱の損失があり、気道の問題はなくとも分泌物の硬化が始まっている状態。

機能不全スコア“2”は、気管粘膜の上層にあるゲル層の水分が失われ、粘度が上昇を始め、線毛運動の動きが低下し、十分に分泌物を捉えて排出する機能が低下している状態。

機能不全スコア“3”は、粘膜線毛運動が停止しし、分泌物が排出できない状態になっているため、感染リスクが高まっている状態。

機能不全スコア“4”は、線毛運動が停止し、線毛の細胞が破壊され始めた状態であり、線毛が元に戻ることのできる限界の状態。

機能不全スコア“5”は、細胞損傷を起こし、細胞は元に戻らない不可逆的な状態。

機能不全スコア“6”は、肺胞が破壊され、肺は膨らまず、虚脱した状態となり、強制換気によっても十分な換気が行えない状態にあります。酸素化不全、換気不全による低酸素血症および高炭酸ガス血症を起こした状態になります。この状態となれば、更なる高濃度酸素、高圧の人工換気が必要になり、肺胞の破壊は惹起され、悪循環にはまっていきます。

 

極端に言えば、股関節の手術において全身麻酔から覚めるまでの人工呼吸管理であり、肺に全く問題はなかった患者であったのにも関わらず、加温加湿器に水を入れ忘れ、空焚き状態で換気をしてしまったことで、ECMOを導入しなければならないほど肺にダメージを与えてしまった、ということも起こりうるのです。

 

 「機能不全スコア」が“0”であるような十分に加温・加湿された送気ガスが供給できるように、加温加湿器の選択と設定ができるよう学んでいただければと思います。

 

~この記事の執筆者~

松井 晃

KIDS CE ADVISORY代表。臨床工学技士。

小児専門病院で35年間勤務し、出産から新生児、急性期、慢性期、在宅、
ターミナル期すべての子供に関わった経験を持つ。
小児呼吸療法を中心としたセミナーを多く務める。著書多数。

>>KIDS CE ADVISORYのHPはこちら

関連記事

お気軽にご相談ください

電話番号:048-242-0333

加温加湿器.comは、医療関係者向けの加温加湿器に関する専門情報サイトです。特に人工呼吸器用加温加湿器とハイフローセラピー用加温加湿器に関する基礎知識から応用知識まで、より深くご理解頂く為のお役立情報をお届けします。