【よくわかる!加温加湿器入門 part8】人工呼吸管理で加温・加湿が必要な理由~肺や気道はH₂Oの分子を欲している!~
前回に続き「なぜ人工呼吸管理を行う時に加温・加湿が必要なのか」についてお話しします。
今回は、加温加湿器と吸入療法との違いについてです。
肺や気道はH₂Oの分子を欲している!
吸入療法は、医療現場で様々な治療目的で使用されています。
その一つとして、気道の加湿であったり、分泌物を柔らかくするという目的で使用されます。
分泌物が硬いことや、排痰できないなどの症状の時に、吸入療法※が行われます。
痰が絡んでなかなか出せないなんてことがあったら、吸入療法を勧められますね。
こんな時に使用されるのは、去痰薬などの薬剤療法や生理食塩水、注射用水(滅菌蒸留水)の持続吸入などの吸入療法です。
吸入療法で使用するデバイスは様々ですが、目に見える霧状でこれをエアロゾルと言います。
エアロゾル粒子の大きさは1~40μmです。
粒子の大きさによって到達する部位や沈着率が異なりますが、粒子が細かいほど肺胞に到達し沈着率が上がります。(図1)
人工呼吸管理中にも、分泌物が硬い場合に吸入療法が併用されます。しかし、本当に吸入療法が必要なのでしょうか。
長期的に人工呼吸管理を行っている患者に、一度吸入療法を始めると止められないというのが通例です。
「吸入療法を行わないと分泌物が引けない」という恐怖感が植え付けられてしまうのです。
健康であれば、吸入療法をしなくても正常に気道のクリアランスの機能が作用し、分泌物は自然に上気道に移動し、軽い咳嗽で排痰することが可能です。
ということは、自然呼吸に近い状態の空気を気道に送気し、気道の線毛運動を正常に機能させれば、人工呼吸管理をしていても気道のクリアランス機能は維持できる可能性があるということなのです。
生理食塩水や注射用水の吸入を行うと分泌物が引けるというのは、エアロゾルによって運ばれた大量の水分が気道や肺胞に達した後、吸収されないエアロゾルは液体化します。
その液体が吸引の時に引けるので、吸引できたという感覚になります。
分泌物もその液体の流れに導かれて引けるので、排痰効果はあります。
しかし、分泌物が柔らかくなったわけではありません。
気道を溺れさせて、その液体を吸引するときに、一緒に硬くなった分泌物が剥がれて吸引される、こんなイメージです。
吸入療法を行っても十分に分泌物が引けない場合は、吸入の回数を増やしましょう。
排痰補助装置を併用しましょう。
という流れになり、医療者の仕事ばかり増えるばかりでなく、患者さんの苦痛が増えることになります。
分泌物管理の本質を考えてみましょう
分泌物が硬いから吸入療法をする。
排痰補助装置を併用する。
これが本来の分泌物管理なのでしょうか。
健康な人間は、常に柔らかい分泌物の状態が維持できます。
人工呼吸管理をする患者も24時間、常に、柔らかい分泌物の状態を維持する。
これが本来の分泌物管理です。
以前に、こんな患者さんがいました。
筋疾患の患者さんが風邪に罹患し、呼吸が苦しいと入院してきました。
ICUで、注射用水による持続吸入をしていましたが、吸入のホースを口に近づけたまま、怖いから離したくないと言って、座位のまま一晩を過ごしました。
以前も同じよう時に、持続吸入をして治療した経験があったからです。
分泌物は上気道にあるものの、筋疾患で強い咳嗽ができないため、排痰することができません。
大量の水分が気道に届いているものの、サラサラとした水分しか出すことができません。
そこで、NPPVによる呼吸補助と加温・加湿したガスによる分泌物の軟化を勧めました。
なかなか患者さんはNPPVを了承してくれませんでしたが、説得してNPPVの装着にこじつけました。
そして、座位によるNPPVの装着から始めました。
なんと5分後に、自力で排痰ができたのです!
排痰には吸入療法による大量の水分ではなく、加温加湿器で作られた微量のH₂Oの分子が必要だったのです。
「患者さんはH₂Oの分子を欲している!」
H₂Oの分子が分泌物を柔らかくする。
吸入療法の排痰効果は低い。
私が常に考えていたことを、この患者さんが証明してくれたのです。
その後座位にしかなれなかった患者さんが、横になり寝ることができました。
そして、次の日にはすっかりと元気になりました。
しかし、NPPVを外したくないと患者さんは言います。
NPPVを外したら、また排痰できなくなるのでは、と怖くなってしまったのです。
それぐらい、加温加湿器の効果は絶大だったということです。
私は、「苦しくなったらいつでも病院に駆けつけてくれればいいよ。どんな時でも対応するからね。」と言って、NPPVから離脱しました。
分泌物が硬くなったから、吸入療法をする、排痰補助装置を使用するとかではなく
常に正常な分泌物の状態を維持する。
これが分泌物管理の本質です。
人工呼吸器が装着された患者さんの分泌物管理は、まず加温加湿器によってH₂Oの分子を供給することです。
適した加温加湿器の選択と適正な加温加湿器の設定をすることで、自然呼吸に近い分泌物の状態に近づけることができるのです。
今回は、患者さんの事例を提示しながら、分泌物管理には加温加湿器によって作られるH₂Oの分子を患者さんが欲していることについて説明しました。
加温加湿器の重要性をご理解頂けたでしょうか。
~この記事の執筆者~
松井 晃
KIDS CE ADVISORY代表。臨床工学技士。
小児専門病院で35年間勤務し、出産から新生児、急性期、慢性期、在宅、
ターミナル期すべての子供に関わった経験を持つ。
小児呼吸療法を中心としたセミナーを多く務める。著書多数。