【よくわかる!加温加湿器入門 part31】気管切開患者用人工鼻にあるスリットは何の目的にある?
前回は、気管切開で使用される人工鼻を装着中に酸素を投与する時の加湿について説明しました。
今回は、前回に引き続き気管切開患者用人工鼻について説明していきます。
気管切開患者用人工鼻には、患者から吐き出される呼気の温度と水分を貯留させる濾紙やスポンジがあり、ここを通過して呼気が吐き出されます。そして、温度と水分を貯留した濾紙やスポンジの部分から大気を吸い込むことで、吸気の加温・加湿が行われます。(図1)
また、酸素投与をするためのポートがあるものや、人工鼻の外側に酸素投与するため被せるデバイスが別になっているものもあります。気管切開患者用人工鼻は上記で説明した基本構造になります。
気管切開患者用人工鼻のすべてではないですが、濾紙やスポンジを通過せずに大気が通過するスリットが入ったタイプがあります。(図2)
このスリットは何のためにあるのでしょうか。
このスリットを使えば、人工鼻を外さずに気管吸引ができると、多くの医療者が気管吸引のポートとして使用しています。人工鼻の認証基準においても“吸引用スリット”の名称で提示されています。※
気管は空気が出たり入ったりする臓器であるため、感染防止の点では、消毒程度の清潔度で良いとされています。消毒程度というのは、セミクリティカルのレベルでの消毒とされ、粘膜組織や損傷のある皮膚に触れる部分に使用されます。
しかし、実際には気管吸引においては、清潔度を高く保った方法で行われています。気管吸引では、気管チューブを伝わって、容易に気管や肺にウイルスやバクテリアを運んでしまいます。ウイルスやバクテリアは気管や肺に入ることによって、気管支炎や肺炎を起こすことになります。人工呼吸管理において発生する呼吸器感染症のことをVAPと言いますが、比較的高い率で発生し、時に死に至ることもあります。気管吸引においては、感染リスクに対して十分な感染対策をした方法が必要になります。
こんな清潔度を保たなければいけない気管吸引を、気管切開患者用人工鼻のスリットから行うことは正しいのでしょうか。このスリットは、常に外気に触れており、外気によって運ばれたウイルスやバクテリアが付着しているかもしれません。しかし、このスリットは、柔らかくて消毒しようとしても、しっかり力を入れて清浄綿で拭くことが出来ません。しっかりと消毒ができないということは、吸引チューブを挿入する時にスリットに付着したウイルスやバクテリアが吸引チューブに付着して気管や肺に運ばれてしまいます。
その結果として呼吸器感染症を発生させる原因になっているかもしれません。
気管切開患者用人工鼻のスリットから気管吸引をすることで呼吸器感染症を、医療行為によって惹起してしまう事になるのです。また、吸引チューブを抜いてくるときに、気管チューブの外側に付着した患者の分泌物は、スリット部分で削ぎ落され、スリットの内側(気管側)に残ってしまうのです。気管切開患者用人工鼻の内側は、患者の呼気によって、温度が34℃、相対湿度が100%という、ウイルスやバクテリアが増殖しやすい環境です。 スリットの外側(大気側)の消毒もしっかりできない構造の気管切開患者用人工鼻ですから、スリットの内側に付着したウイルスやバクテリアを消毒して清潔に保つことはできないのです。というより、気管切開患者用人工鼻を外さずに気管吸引ができることが、このスリットの目的であると考えられているため、人工鼻の内側を消毒することはありません。
吸引チューブがスリットを通過する時に、スリットの内側に増殖したウイルスやバクテリアを付着させて気管に運んでしまう事になります。
ここまで説明すれば分かると思いますが、気管切開患者用人工鼻にあるスリットは気管吸引のためにあるのではありません。
しかし、いつのころか、このスリットは気管吸引するのに便利だねと気管吸引に使用され始め、現在では、あまり問題視されずに、多くのメーカーが、“気管切開ができるスリットがあり便利です。”と言った説明をカタログに書いて、販売されるようになってしまいました。
私が知る限り、このスリットは、咳嗽をするときに、高い圧が気管切開患者用人工鼻に加わることで人工鼻が外れてしまうのを防ぐための呼気を逃がすためのスリットと認識しています。
咳嗽の時には流速の速い呼気ガスと共に、分泌物が運ばれます。このスリットから呼気ガスが逃げることによって、分泌物も濾紙やスポンジに付着しにくくなり、人工鼻の詰まりを防止することにも役立つと言われています。
気管切開患者用人工鼻にはスリットではなく、開閉できる蓋が付いているタイプがありますが、これは、気管切開用人工鼻を外さずに気管吸引をするためにあります。(図3)
多くの医療者がこのスリットを使用して気管吸引をしており、在宅医療の介護者にも、医療者は気管吸引用のスリットが付いているから便利だよと指導しています。
呼吸器感染症を発生させないためには、このスリットから気管吸引を行わないということを医療者や介護者に伝える必要があります。
また、気管切開患者用人工鼻を販売するメーカーにもしっかりと考えて欲しいと思います。
気管切開患者用人工鼻にあるスリットは、咳嗽の時の高い圧を抜き、人工鼻の外れることを防ぐ目的であり、上記の理由から気管吸引を行う目的のスリットではないと筆者は考えます。
臨床の現場では、様々な考えが浮かび、便利と言うことが優先されて、感染対策すべきことを忘れてしまう事もあります。 そして、この結果として、当たり前の様にメーカーの言い分のまま吸引用として国も認可の認証基準に入れてしまうのです。
でも、よく考えればこのスリットを気管吸引に使用することは感染リスクが高くなることがすぐに理解できると思いますので、知識と経験を応用して、デバイスを使いこなしていくということが大切であると思います。
次回も、お楽しみに
※認証基準「気管切開患者用人工鼻」の基本要件基準適合性チェックリストにある付帯的機能に「吸引用スリット、吸引ポート・吸引口」を備えているものが販売されています。
~この記事の執筆者~
松井 晃
KIDS CE ADVISORY代表。臨床工学技士。
小児専門病院で40年間勤務し、出産から新生児医療、急性期治療、慢性期医療、在宅医療、ターミナル期すべての子供に関わり、子供達から“病院のお父さん”と呼ばれる臨床工学技士。
小児呼吸療法を中心としたセミナー講師や大学の講師などを務める。著書多数。